リハビリテーションで行われる重要な運動の一つに、バランス練習があります。
バランス能力は、立ち上がる、立ったまま服を着替える、歩く、方向転換するといった日常生活のさまざまな動作に関係しており、安全に生活するために欠かせない身体機能です。
理学療法士は、患者さんのバランス能力を評価し、必要に応じてバランス練習を実施することで、動作能力の改善や転倒予防を目指します。
しかし、バランス練習を行う際には、単に片脚立ちや重心移動などの運動を繰り返すだけではなく、バランス能力が低下している原因や、練習によって期待できる効果を理解しておくことが大切です。
例えば、筋力低下によって立位が不安定になっている患者さんと、感覚障害によって足の位置や身体の傾きを把握しにくい患者さんでは、必要な介入が異なります。
そこで今回は、理学療法士の学生にもわかりやすいように、バランス能力の基本的な考え方から、バランス不良の原因、評価方法、バランス練習の効果と注意点まで解説します。
バランス練習についてはこちらの記事を参考にしてください

バランスのカットオフ

バランス練習に期待できる効果とバランス不良の原因
バランス練習によって期待できる重要な効果の一つが、転倒リスクの軽減です。
人間は、立っているときや歩いているときに、常に身体の位置や傾きを調整しています。
床面のわずかな凹凸につまずいたり、歩行中に人と接触したりした場合でも、姿勢を立て直すことができれば、転倒を防げる可能性があります。
バランス能力が低下すると、このような状況で身体の傾きを修正することが難しくなり、転倒につながる危険性が高まります。
そのため、理学療法士は患者さんの身体機能や動作能力を評価し、必要なバランス練習を実施することで、姿勢の安定性や立ち直り能力の改善を目指します。
ただし、転倒には筋力やバランス能力だけでなく、視覚・感覚機能、認知機能、服薬状況、住環境など、さまざまな要因が関係しています。
バランス練習だけですべての転倒を防げるわけではないため、患者さんの状態を総合的に評価することが重要です。
バランスとはどのような能力なのか?
バランスとは何かと聞かれると、転ばずに立ったり歩いたりする能力をイメージする人が多いのではないでしょうか。
確かに、転倒せずに身体を支えることはバランス能力の重要な役割ですが、単に転ばなければバランス能力が高いとは限りません。
例えば、歩行中に大きくふらつきながらも、壁や手すりにつかまることで転倒を防いでいる人がいたとします。
この場合、最終的に転倒していなくても、身体の傾きを適切に制御できているとは限らず、バランス能力が十分に保たれているとは判断できません。
また、バランスは人間の立位や歩行だけに関係するものではなく、積み木を高く積み上げたり、自転車に乗ったりするときにも重要になります。
理学療法で考えるバランス能力は、身体の重心と支持基底面の関係を保ちながら、姿勢や動作を安定させる能力として理解するとわかりやすいでしょう。
ここで重要になるのが、重心と支持基底面という2つの用語です。
重心とは、身体の質量が集まっていると考えられる位置のことで、姿勢や身体の動きによって位置が変化します。立位では、重心の位置が高いほど、一般的に身体が傾いたときの安定性に影響が生じやすくなります。

支持基底面とは、身体を支えるための接地面と、その接地面によって囲まれた範囲を指します。両足で立っている場合は、両足の接地面とその間の範囲が支持基底面となり、片脚立ちでは支持基底面が狭くなるため、一般的にバランスを保つことが難しくなります。
静止しているときは、重心の位置や重心線と支持基底面との関係が、姿勢の安定性を考えるうえで重要です。
一方、歩行や方向転換などの動作中は、重心が支持基底面の外側へ移動する場面もあるため、重心線を常に支持基底面内に保つことだけでは、動的なバランス能力を十分に説明できません。
バランス能力を評価する際には、静止した姿勢を維持する能力だけでなく、動作中に重心を移動させる能力や、外から力が加わったときに姿勢を立て直す能力も確認する必要があります。
バランス練習とは、こうした能力を高めるために、姿勢を維持したり、重心を移動させたり、バランスを崩したときに身体を立て直したりする練習です。
バランス能力が低下している患者さんでは、これらの能力が十分に働かず、立位や歩行が不安定になることがあるため、原因を評価したうえで適切な練習を選択することが大切です。
バランス不良の原因とは?
バランス能力が低下する原因には、さまざまなものがあります。理学療法士は、患者さんの疾患や既往歴、身体機能、実際の動作を確認しながら、どのような要因がバランス不良に関係しているのかを評価します。
代表的な原因として、次の6つが挙げられます。
- 筋力の低下: 下肢や体幹の筋力が低下すると、姿勢を維持したり、身体が傾いたときに重心を修正したりすることが難しくなります。
- 姿勢反射障害: 姿勢を保つための反応が適切に働かなくなると、身体が傾いたときに姿勢を立て直すことが難しくなり、転倒の危険性が高まります。
- 荷重不足: 麻痺や疼痛、恐怖心などによって特定の下肢に十分な体重をかけられないと、左右の荷重バランスが崩れ、立位や歩行が不安定になることがあります。
- 失調: 小脳などの神経系の障害によって運動の調整が難しくなると、目的に合った力加減や動作のタイミングを調整できず、ふらつきが生じることがあります。
- 随意性の低下: 自分の意思で身体を動かす能力が低下すると、必要なタイミングで重心を移動させたり、姿勢を修正したりすることが難しくなります。
- 感覚障害: 足底の感覚や位置覚などが低下すると、足がどこに接地しているのか、関節がどの位置にあるのかを把握しにくくなり、姿勢を適切に調整できないことがあります。
これらの原因は一つだけとは限らず、複数の要因が重なってバランス能力の低下につながる場合もあります。
例えば、脳卒中後の患者さんでは、麻痺による筋力低下や感覚障害、姿勢反応の低下などが同時に生じている可能性があります。
また、高齢者では、筋力や感覚機能の低下に加えて、視力や注意機能の変化などもバランス能力に影響することがあります。
そのため、バランスが悪いからといって、すぐに筋力トレーニングだけを実施するのは適切ではありません。
筋力低下が主な問題であれば筋力強化が有効な場合がありますが、感覚障害や失調などが中心となっている場合には、それぞれの問題に応じた介入を検討する必要があります。
理学療法士は、バランス不良の原因を考え、評価結果に基づいて適切なバランス練習や運動療法を選択することが重要です。
バランス練習を行う前に実施する評価
バランス練習を実施する際には、患者さんが現在どの程度のバランス能力を持っているのか、どのような条件でふらつきが生じるのか、安全に実施できる運動の難易度はどの程度なのかを確認する必要があります。
患者さんの能力を超えた難しい練習を行うと、転倒やけがにつながる危険性があるため、まずは身体機能や動作能力を評価し、その結果に合わせて練習内容を決めていきます。
代表的なバランス評価には、次のようなものがあります。
TUG(Timed Up and Go test)
TUGは、椅子から立ち上がり、一定の距離を歩いて方向転換し、再び椅子に座るまでの時間を測定する評価です。立ち上がり、歩行、方向転換、着座という複数の動作を確認できるため、移動能力や動的バランス能力を把握する際に用いられます。

FRT(Functional Reach Test)
FRTは、立位で足の位置を変えずに、腕を前方へ伸ばしてどの程度手を届かせられるかを測定する評価です。支持基底面を大きく変えずに重心を前方へ移動させる能力を確認する際に役立ちます。ただし、測定結果には肩関節の可動域や体幹の動きなども影響します。
BBS(Berg Balance Scale)
BBSは、立ち上がりや立位保持、方向転換、片脚立ちなど、日常生活に関連する14項目の動作を評価する方法です。それぞれの課題を一定の基準に沿って採点し、合計点からバランス能力を把握します。
これらの評価に加えて、姿勢のアライメントや動作観察を行うことも大切です。
例えば、立位で左右どちらかに体重が偏っていないか、歩行中に体幹が大きく傾いていないか、方向転換の際に足の運びが不安定になっていないかなどを確認することで、数値だけでは把握しにくい問題点を見つけられる場合があります。
また、バランス評価の結果は、患者さんの疾患や身体機能、使用する補助具などによっても解釈が変わります。一つの評価結果だけで判断するのではなく、複数の情報を組み合わせて総合的に評価することが重要です。
バランス練習のリスク
バランス練習は、姿勢の安定性や動作能力の改善、転倒リスクの軽減を目指すために重要ですが、実施方法によっては転倒やけがの危険性があります。
バランス練習では、支持基底面を狭くしたり、重心を大きく移動させたり、外から力を加えたりすることで、患者さんの姿勢制御能力に働きかけることがあります。
しかし、これらの方法は、患者さんのバランス能力によっては転倒につながる可能性があるため、十分な安全管理が必要です。
例えば、後方へ重心を移動させる練習を行う場合には、後方へふらついた際にどのように姿勢を立て直せるのかを確認し、必要に応じて介助できる位置に立つことが大切です。
初めてバランス練習を実施する患者さんや、立位保持が不安定な患者さんでは、平行棒内で練習を行ったり、適切な介助者を配置したりするなど、転倒を防ぐための環境設定を行いましょう。
また、患者さんの疲労や疼痛、血圧変動、めまいなどにも注意し、体調に変化があれば練習を中止して状態を確認する必要があります。
理学療法士は、患者さんが転倒する可能性を常に考慮し、安全に実施できる範囲で練習の難易度を調整しなければなりません。
これくらいなら大丈夫だろうと経験だけで判断するのではなく、患者さんの反応を確認しながら、必要な介助や安全対策を具体的に考えることが重要です。
バランス練習を実施する際の注意点
バランス練習を安全かつ効果的に実施するためには、支持基底面の広さや重心の位置、動作の難易度などを調整することが大切です。
一般的に、両足を広げて立つように支持基底面を広くすると、片脚立ちのように支持基底面が狭い姿勢と比べて、安定性を確保しやすくなります。
また、身体の重心が低い姿勢では、重心が高い姿勢に比べて安定性を得やすい場合があります。

この特徴を利用すると、患者さんの能力に合わせてバランス練習の難易度を調整できます。
例えば、立位保持が難しい患者さんに対して、最初から片脚立ちや不安定な足場での練習を行うのではなく、座位での重心移動から始める方法が考えられます。
座位で身体を前後左右に動かす練習であれば、立位よりも転倒の危険性を抑えながら、体幹の制御や重心移動の能力に働きかけることができます。
座位で安定して課題を行えるようになったら、患者さんの状態に応じて立位での重心移動や歩行中のバランス練習へ進めていきます。
ただし、座位であれば必ず安全というわけではなく、座位でも大きく身体を傾ける課題では転落などの危険性があります。
姿勢だけで安全性を判断するのではなく、患者さんの能力と課題の難易度を照らし合わせて判断しましょう。
また、動作速度についても注意が必要です。
速度が速いほどバランスを取りやすいとは限らず、素早い動作では姿勢を修正する時間が短くなることもあります。
患者さんの状態に合わせて、適切な速度で練習を行うことが大切です。
バランス練習では、支持基底面を広くする、重心を低くする、動作をゆっくり行うなどの方法を利用しながら、患者さんが安全に課題を遂行できる難易度から始め、段階的に負荷を調整していきましょう。
まとめ:患者さんの状態に合わせてバランス練習を選択しよう
バランス練習は、姿勢の安定性や動作能力の改善を目指し、転倒リスクの軽減につなげるために重要な理学療法の一つです。
しかし、すべての患者さんに同じバランス練習を実施すればよいわけではなく、バランス能力が低下している原因や身体機能、生活環境などを評価したうえで、適切な練習方法を選択する必要があります。
バランス能力について学ぶ際には、次のポイントを押さえておきましょう。
バランス不良の主な原因
- 筋力の低下
- 姿勢反射障害
- 荷重不足
- 失調
- 随意性の低下
- 感覚障害
バランス能力を評価する主な方法
- TUG:立ち上がり、歩行、方向転換などを含む移動能力の評価
- FRT:立位で前方へ重心を移動させる能力の評価
- BBS:日常生活に関連する複数の課題を用いたバランス能力の評価
バランス練習の基本的な方法
- 支持基底面を狭くする: 両足立ちから足を前後にそろえた立位、片脚立ちなどへ段階的に難易度を調整する。
- 重心を移動させる: 座位や立位で前後左右に重心を移動させ、姿勢を制御する能力を高める。
- 感覚情報の条件を変える: 視覚情報などの条件を調整し、患者さんの状態に応じて姿勢制御能力に働きかける。
- 支持基底面を変化させる: 足の位置や接地状況などを変え、さまざまな姿勢で身体を安定させる能力を練習する。
これらの方法は、患者さんの身体機能や転倒リスクに合わせて選択することが大切です。
難易度を高めること自体を目的にするのではなく、安全に課題を遂行できる範囲で、必要な能力に働きかけていきましょう。
また、バランス練習は毎日行えば必ず効果が得られるというものではありません。
患者さんの体調や疲労、運動への耐容性に配慮しながら、適切な頻度と負荷で継続することが重要です。
特に、高齢者や神経疾患のある患者さんでは、筋力や感覚機能、姿勢制御能力などの低下が転倒リスクに関係している場合があります。そのため、バランス練習だけでなく、筋力強化や歩行練習、生活環境の調整なども必要に応じて組み合わせることが大切です。
理学療法士を目指す学生は、バランス練習の方法だけを覚えるのではなく、なぜその患者さんにバランス練習が必要なのか、どの能力を改善するために実施するのかを考えながら学習していきましょう。
評価によって問題点を明らかにし、患者さんに適した練習を選択できるようになることが、安全で効果的な理学療法につながります。


